光っている手にちゃんと気づけるように。

「何らかの形で、自我みたいなものをちゃんと表現に変えないと、生きていけない人間なんだということを感じてたんですよ」3月6日(土)に放送された日本テレビマツコ会議のマツコさんの言葉である。

これは、星野源さんがマツコさんに質問した返答の一部だ。「編集者から文章を書くようになって、人前にでるようになって、どんどん変わっていた中で、どのあたりから、真剣にやるべきだというスイッチが入ったんですか?」というような質問だった。

マツコさんは、何らかの形で、自我みたいなものをちゃんと表現に変えないと、生きていけない人間なんだということを感じ、テレビの仕事も物書きの連載もない28歳のときに、仕事を辞めたという。それから、少しづつテレビにでられるようになって、お昼のワイドショーのレギュラーが決まった35歳か36歳のときに、本当にテレビでやっていこうと思ったという内容だった。

私はこれを観ながら、「自分がどういう人間なのか」という自分への理解度と生きやすさは比例すると改めて思った。

そして、マツコさんは言った。

「人生の変わり目って、手を差し伸べてくれる人がいることをすごく感じている。迷って分からなくなっている人も、差し伸べられた手に気づくくらいの世の中に向き合う気持ちは忘れないでほしい。絶対に光っている手があるのよ。汚いいやらしい手もいっぱいでるんだけど、絶対に光っている手があるのよ。それをつかむ勇気を常にもっていてほしい。そうなると、人生は変わるし、何があるか分かんない。握っておいたほうがいいかもと思う手は握ったほうがいい。」

続けて「ただ、違う解釈をして、詐欺師とかに騙されて、お前のせいだって言わないでよ、そういう話じゃないから。それを見極める力をつけないといけない。そのためには、いろんなものに触れるべきだし、人生に捨てるものはない」と。

これを友人に話すと、友人は「わかる、わかる、露骨にわかる、露骨にやさしい人が現れる」と言った。露骨という言葉の使い方が斬新!

私自身は、うっかり手を握ってみて間違えた!という経験もあれば、光に気づかずに見逃したこともあると思う。また、いま思えば、あれは光っていたのかもと思ったりもする。そして、見逃さなかった手に気づき、握ってきたから、いまがあるとも思う。これから先の人生も、いろんな手に出会うだろう。そのときに、光っている手にちゃんと気づけるように、いろんなものに触れていこう。

そして、自分自身も手を差し伸べる人になろう。

上記は番組の一部です。興味のある方は見逃し配信でご覧くださいませ。tverでは、3月13日(土) 22:59まで配信しています。

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こんな手だったら、分かりやすい。